正しいプロフィールはきっと謙遜と不遜のあいだ
ブログを書くのはだいぶ久しぶりになってしまいました、中川です。
宣伝。Webサイトを作りました。
特別な心境の変化とか、仕事上の変化があったかといえばそんなこともなく、特段暇だったというわけでもないんですが。あんまり寝てないでスタジオに行った日に、あてどもなくWeb制作サービスをポチポチして遊んでたらできた、的なことでした。
とはいえ、目的も理念もなく作ったわけではもちろんありません。自分の名前を冠したドメインで、一番に自分の写真が出てくるサイトとして、過不足なく作ろうと努めました。
そんな気持ちの覚え書きを、記憶の薄れないうちに。言い訳として。
なんでWebサイト?
大人には連絡窓口が必要らしい
なんでこんな大仰なことするんだ、というのはきっと持つべき感想です。いらないWebサイトはいらない。独自ドメインだって金はかかるわけで。
なぜかっていうと、適切な「窓口」がなかったんです、自分。
数年にわたって社会に属して大人の顔をしていると、何かの連絡が必要になるときがあるのは当然で、どうやら私も例外ではないようでした。時折、Twitter (現X) のDMなどにメッセージを頂くことがありました。作品のこと、仕事のこと。
こちらとしては全然よかったっちゃよかったんですが、数年前断行したSNSデトックスの影響で、Twitterを見る機会がかなり減ってるんですよね。下手したら1週間見なかったりもします。
そうなると全く気づけないこと、忘れることもあったりして、かえってDMのためにTwitterを開かなきゃいけなくなって本末転倒じゃん、みたいなことになりました。
翻って考えると、これは自分がきちんとメールアドレスを載せてないことも要因なんです。なんかメールアドレスを直載せするのに未だに抵抗があるんですよね、インターネット老人なもので。
そんなことが何度かあって、「これは『俺が気づかなくて不便』の段階を超えてる話なのかもしれない」と気づきました。「『わざわざ俺に連絡しようとしてくれている人に不便をかけてる』って俺エグくね」と。えらい。おそい。
みんなはどうしてる?
周りを見回してみたら、会社や事務所などの法人(団体)に所属している人は多分そこに連絡が行くんです。何かと。当然。
私も作曲の会「Shining」にいた時は、そこ経由で何かしらの連絡を頂くことが何度かあった覚えがあります。年に1件あるかないかでしたが、その窓口もなければその縁もなかったかと思うと、必要なんでしょう。
ところが現在は無所属のフリー。何のよすがもないわけで。
それでもう少し見渡してみると、フリーの作家さんも世の中にたくさんいらっしゃることが見えてきます。
そういった方の方針を見比べていると、Twitter上でやりとりすることを避ける前提である程度フォーマルな形でのやりとりをしたいなら、Webサイトを開設してそこにフォームを設置するのは妥当な案に思えました。
なのでそうする。
STUDIO、すごい。サイコー
前にも何かの連絡を頂くにつけてWebサイトに思いを馳せたことがあり、どうやって作ろうか、というイメージをしていました。
- 楽に作りたい
- コンテンツが少なくても寂しく見えないようにしたい
- 放置してても大丈夫なようにしたい
- となるとテンプレ感 (トレンド感) が出ない方がいい
- 自分でカスタマイズしたい
- HTMLとCSSの知識基盤はいちおうある
……みたいなことを考えていると、「STUDIO」なるプラットフォームがいい感じだぞ、と。
ということで前々から目星をつけていました。
めんどいけどやってみっか~、と、スタジオの奥の誰もいない部屋でペロッと開いてみたが最後。めちゃくちゃラクで、めちゃくちゃ楽しくて、あれよあれよという間に完成しちゃいました。
グラフィカルにボックスを配置していったり、直接書き込んだり、というのが自然にできる洗練されたGUIの中でも、それぞれの設定項目はCSSの中で何を指定しているのか、みたいなことは非常に直感的にできていて、見えるべき項目はずっと見えているので探す必要もなく隠匿されている感もない。CSSの数値や項目を直接手で書いて調節しているかのような脳の使い方をしながらも、そのレイアウトの変化や「何をいじっているか」は直接目で見ながら触っているような手触りで、まさに自分が求めているWebサイト制作体験でした。サイコー。
無料版の範囲でも、表示される広告も割と慎ましやかなので良いと思います。ちょっといじってみたい皆さんもぜひ。
俺のWebサイト、何が必要か
そしたらこれでオッケー、言ってしまえば「お問い合わせフォーム」だけ置いて終了! でもよかったんですが、さすがに怪しすぎます。
俺が問い合わせる側なら、
- よく知らない、ギリ知ってる人の
- なんか名前を検索して出てきた知らないサイトの
- いの一番に表示される全く知らないフォーム
……こんなところに自分の情報なんてチリ一つも残したくありません。なんとかして知り合いの知り合いを探します。最悪この男に関する情報を忘れようとするかもしれません。
となると、ある程度「もっともらしさ」を演出する必要はありそうです。
「俺の探している中川はコイツだ」のために
となると、「連絡先を探している中川」と「このWebサイトの主体たる中川」を照合してもらうための情報は置いておくのが適切だろうと判断しました。
何がいいかと考えると、問い合わせとして「過去の作品に関する情報」はありがたいことに一番多かった気がします。窓口がなさそうでかなり申し訳なかったので、それは見やすいように表で配置することに決定。
ゲームやコンサートなどで頂いたお仕事も同じ体裁で並べられるな、ということで、それらもこの機会にまとめることに。量の多くない自分のオリジナル作品だけだとコンテンツが寂しくなるのもありますし。
ページを分けるべきかはちょっと考えたのですが、それぞれのページの命名も適切なものが浮かばなかったので、一つのページにまとめました。
「参加作品」「オリジナル作品」どちらを上にするかは結構迷いましたし、今でも迷っています。世の人はどっちから中川に辿り着くんだ。一旦、社会的「やっとんな感」の強い「参加作品」の方を上に配置しています。気持ち的にはそこに貴賤はないので。
で、あとは一覧にされた情報をまとめる「プロフィール」があれば良さそうですね。
いざ、自己評価
そのあとプロフィールを組んでいる途中で、「いわゆるトップページって要らないのかも」と気づきました。Webデザイナーの皆さんにとってはとっくの昔に語り尽くされた議論なんでしょうが、3ページしかない、迷子になりようのないサイトに全体を把握するためのクッションのページなんて要らなそうです。
アクセスしていきなりプロフィールが出てくるリズム感も、実際にアクセスしてみるとよいかなと。
プロフィールもこの機会に書き直しました。オクトラのオーケストラのパンフレットなどなど、皆さんがどのように書いているのかをじっくり読みながら。
ただあんまり、まだ自分で自信をもって「活躍している」みたいなつよい単語は書けませんでした。が、譜面仕事の「支えている」くらいは書いても許されるよな、とは思えました。成長。
プロフィールとして、見栄っ張りな文章は自分にはしっくりこないなあ、と思うんですが、読んでもらうものであり、時に載せていただくものでもある手前、ある程度の見栄えは必要なんだろうと思っています。
そんな交錯もある中で、あくまで自分として行き過ぎない文章にならないように推敲をするのは、ある意味では謙遜と言えつつ、ただ「信頼されるサイトにしなきゃな」と思うと「舐められない感じにしなきゃな」となる自意識はそこそこ不遜で。
あの謙遜と不遜のあいだに正しい自己評価があるんだろうな。
「プライバシーポリシー」いる?
うーん、いちおうフォームを置くならいるか、という判断で、そこそこ頑張って書きました。なんか足りなかったりしたら教えてください。
去年がんばった「ビジ法3級」は取ってよかったなと思えます。一応こういうときはあるので。
名前に使うフォントの話
中川峻彰です。どうも。ローマ字書きだと「NAKAGAWA, Takaaki」です。
両親に頂いた (たしか、母親のざっくりとしたリクエストをもとに父親がつけたと聞いた) この名前、響きやら意味やらわりかし気に入ってて、頂いたことに本当にありがたいなあとは思っているんですが。名刺を作ったり楽譜にクレジットしたり、の時に、いつもいつも結構困っていることがあります。
「中川峻彰」、シュッとしたゴシック体で読みやすくなることがマジでない。
「Nakagawa Takaaki」、字面がカッコよくなることがマジでない。
どうすればいい。特に「峻」の字。マジで締まらない。
フォントの好みの話
私、中川峻彰はフォントが好きです。オタクというほど詳しかったりめちゃくちゃ見分けられるわけじゃないけど、「あ、この字好きだな」と思える感受性を持っていて、「せっかく文字が目立つものづくりをするなら、自分が好きだなと感じるフォントを使いたいな」と思うくらいのこだわり感があります。
巣鴨駅で、山手線から三田線に乗り換える時に使う入り口の路線案内を見て、「なんか違うな」「かっこいいな」と思ってます。なんでここだけフォント違うんだろう。


iPhoneで適当に撮ったもので恐縮なんですが、なんか上の方が好きなんですよね。
多分下の方は都営線・メトロ共通の「新ゴ+Frutiger」ですが、上の方は謎。知り合いのフォントオタクに聞いたら「セザンヌかなあ?」と言ってましたが、わからず。新ゴってフトコロが広い (字画と字画によって区切られる内側の空間が広い、「日」の四角2つとか) ので文字1つ1つが見分けやすい、親しみやすくてとても良いフォントです。地下鉄で見るのも大体これ。ただ、新ゴは等幅フォント (文字の幅が等しいフォント) なのもあって、縦書きされている文字の横幅が全部同じで、熟語全体で見たときの輪郭のリズム感が薄れて平板な印象になりやすい、というのは常々思っています。「白金高輪」とか「日比谷」とかが差が分かりやすいかも。
峻の話
で、中川峻彰の話に戻るんですが、「中」「川」よりもフォントごとに処理のちがいが出るなぁ、と思うのが「峻」の字。ちがい、というのは好みには影響しますがきっと良し/悪しの話ではない、というのは前置きしたうえで。
「峻」の字の旁 (右半分) のデザインって、フォントによって全然違うんです。

Adobe Fontsにあるもので適当に並べただけですが、
- 偏と旁のバランス
- 「山」の高さ
- 「ム」、「儿」の高さ
- 「夂」のフトコロの広さ
それぞれが全然一定じゃなくて、「『峻』以外はめっちゃ好きなんだけどな~~~」みたいなことが良く起きます。こう並べた中だと游ゴシックが一番好みに近くて、今の名刺もたしか、結局游ゴシックを使っているはず。
とくに「夂」のフトコロが広くて「山」が細い、新ゴやロダンのようなバランスだと、どうしてもぷっくりとして見えてしまうというか、ぽてっとした印象になりがちで、「中川」のシンプルな字面との良くない対比がより強調される感じになるんですよね。多少フトコロが狭くて情報の疎密が受け取りづらい感じ、ともすれば「小さい字だとギュッとしてて読みづらいかも」くらいの均一感になっていた方が「中川峻彰」の字面としては悪目立ちせずにしっくりくるな、と思うわけです。
どうしようね
游ゴシックで不満があるわけじゃないんですけど、ほんとはセザンヌとかめっちゃ好きなのに「峻」のバランス感のせいで使うのに踏み切れない、悲しいね、というお話でした。そろそろ新しい名刺がほしい気分でもある。
あ、「NAKAGAWA, Takaaki」の字面はもうサンセリフだろうがセリフだろうがどうしようもないな、と思ってあきらめてます。なんだこの「a」の量は。因数分解したすぎる。
自分の字はめちゃくちゃ汚いのにフォントには拘泥する愚昧のたわごとでした。
人生 オープンワールド 何がおもろい
オートチェス おもろい ローグライク おもろい
The Last Flame がオモロすぎる。1月にしてGOTY。もう今年は要らない。2024とかいう偶数まみれなのに2で3回割ったらクソキモい半素数に衝突する年は終わりにしてオートチェス暦5年ということにしよう。いいよね。いいよ。あり。
そんなわけでオートチェス暦5年1月にリリースされた Palworld についての話題がゲーム仲間あいだで尽きない日々、実際おもろそうだのおもんなそうだの色んな予見がある中で、身近なフレンド間で「この手のサバイバルゲーに食傷気味」的な意見がそこそこある。
オープンワールド おもろかろう
自分もちょっとわかる。古くはマイクラや 7dtd に始まり、Valheim やら ICALUS やら RAFT やら Sunkenland やら色んなサバイバル・クラフト・オープンワールドゲームが矢継ぎ早にリリースされ、サバイバルってだけでまあまあおもろいのでとりあえず手を出してきた人がぼちぼちいる。マルチプレイだからと、時々に誘われてなんとなく遊ぶことも多かった。
食傷、というか、この手のゲーム、人によってはかなり消化不良になりやすいのは明確にあると思う。
コンテンツ量が多くて遊び切れない、マイルストーンはあるけどメインストーリークリアみたいな「やったった感のある目標」が薄い、初手から出来ることが多いのでゲーム体験がストーリーとして思い返しづらい、マルチプレイで時間が合わないのでじわじわ自然消滅しがち、あとそもそもアーリーアクセス時点の未完成品を遊んで「またいつか遊ぼう」の「またいつか」が二度と来ない、とか、いろんな理由で、これらのオープンワールドゲームを遊んだ体験の記憶自体がなんとなーくモヤってきている、のではないか。自分はちょっとそうだ。
なんかオモロそうだけどどうなんだろう、みたいな歯切れの悪い感情がうっすら湧くのはそのせいかも。
で、多分触ったらそんなん関係ないくらいおもろいんだと思う。その時は。だからつまり、似たようなゲームを思い返してモヤるこの心の動き自体がゲーマーとしては老化チックである。新しいゲームを遊ぶたびに記憶は消そう。
拡大 おもろい
けど、そんな話をDiscordでしていた時も自分は言ったのだけれど、俺は数字が大きくなればおもろいから多分Palworldも純朴におもろいのだと思う。The Last Flameがオモロすぎてまだ遊べていないが。ヤバいんだってThe Last Flame。バフを付与するドローンが20体くらい召喚できるし、クリティカルダメージは1000%を超えるし、魔法攻撃力が4000を超えるし、ドラゴンの攻撃速度は36000%を超えるし。数字が大きくなれば面白い人間にとっては人生よりおもろい。人生の数字はこんなに簡単に大きくならないので。
幸い「Palworldやりたすぎるけどサーバー落ちまくってて遊べない」という目に遭わずに済んでいるので、ほとぼりが冷めたころにガッツリ遊ぼうかと思う。おもろいゲーム多すぎる。人生おもろい。
トロ火のジェネレータ 燃やして走れ
最近なんかすごく、謎のモチベーションに支配されている。これは結構おかしなことで、別に普段より上手くいっていることなんかただの一つもなくて、たとえば一年前を思い出しても、その時も今もそんなに変わらず充足した毎日を過ごさせて頂いているはずなのだが、自分の内燃機関が定速で回り続けている。取り立てて暇でも忙しくもなく、寂しくも一人になりたくもなく、特段の変化はないはずなのにここ1-2か月ほどやる気が消えない。いつもは1週間も燃えれば俺のやる気なんてすぐ鎮火してなくなるのに。
原因は分からないが、これを機に仕事周りの色々を見直してみたり、耳鼻科に行って鼻炎の診断を受けて薬をもらったり、そこそこ仕事が忙しい期間なのに親知らずを抜きに行ってみたりした。この炎が消えた時の自分の回転効率を上げてみようと、そういう企みの一環として。人間の心には炎があって、きっとそれは明滅しているので。
そういや自分の心の炎は何だろうっていうと、燃え始めて30年近く経っても全然謎である。大概のことを面倒がるし、野心もそれほどなく、投信や預金の口座残高を眺める趣味もないし、食欲もつまらないほど格別にない。俺はなんの欲のために生きるのだ、と悲観するほど日々の望みがないわけではないけれど、危険そうな道の先に何かが見える時に、それでもその道を通りたくなるような何か、というのが、自分にはそんなに無いなと思う。だから多分、自分の心に炎があったとしても、それはめっちゃトロ火。
強いて言うなら人が好きな方だとは思う。自分のことを知っていてくれる人のことは大体好き。これは何の深い謂れもなくシンプルにそう思う。そして、仲良くしたいと思っている人と仲良くできない時の心的ダメージが、他の同系統の欲求不満と比べた時に割と大きい気がする。仲良くしてくれてありがとうございます、みなさん。
つまり俺の心の炎は友人です、って、そんな人間の心はきっとそんな一対一対応の簡単なプロパティで動いているものではないので多次元のヒエラルキーがあるんでしょうが、自分にとってそのヒエラルキーのそこそこデカいところにいる「友人」にまつわるダメージを最近負っていないから、割とモチベーションが消えていないのかも、とこれを書いていて思った。Twitter はやめて正解だ。ここだけの話、あれは俺のような人間にとっては時折「仲良くしたいけど仲良くなれない人リスト」になって襲い掛かるのだ、メンタルの調子が良くない時には特に。
そういう、心のジェネレータの火を陰らせるようなダメージを負ったとき、我々は大体直視するのが辛いので半分くらいは他の何かのせいにして愚痴でパージするのだが、それもぼちぼち上手くなってきた気がする。アンガーマネジメントというか、アンガーじゃないな、落ち込みマネジメント。人によっちゃアンガー駆動型ジェネレータを積んでいる人とかいるらしいが、そうではない我々は適切に処理をせねばならないのだな、と思う。間違っても周りに当たったり環境のせいにしてはいけない……とは思うけど、それを繰り返しながらとりあえず炎だけは絶やさずに前に進んでいる人がいたりして、そばで見守りながら良いバランスで付いて引っ張っていく人がいたりするのを見ると、人間そんなもんだなと思いもする。
人それぞれのジェネレータがあって、人それぞれの EN 負荷限界があって、抱えられるだけの武器を両肩両腕に積載して、体は闘争を求めるんだろう。俺の炎じゃ頑張っても RANSETSU-RF くらいしか積めないけど、反動制御が低いし良いんだ。そういう話でした。
やさしい麦茶のやさしさは俺だけに微笑まない
別に外ではお酒やコーヒーも飲むが、ふだん自分は家ではやさしい麦茶しかほとんど飲んでいない。ずっとamazonの定期便を依頼していて、2週間に1回、2Lが18本ずつ置き配で届く。
気づけば玄関前に大量の麦茶が届いている、という生活にすっかり慣れ切ってしまっているわけだけれど、当たり前ながらそれらを届けてくれている人がいて初めて、引きこもりたる自分の生活は成立する。ヤマト運輸やamazon・Uber Eatsなどの個人配達員の方々の存在がなければ我が身は砂漠となってしまうだろう。ただでさえ外に出ないのにこの連日の猛暑に晒されてはきっと生きていけない。
しかし、どんなに外に出なくても、猛暑の影響は避けられないもので。というのも、2Lの麦茶のペットボトルを机の上に出しっぱなしにしていると、あっという間にぬるくなってしまうのだ。ぬるくなったやさしい麦茶。形骸化してしまったやさしさ。目線の合わない感謝の言葉。もはやかなしい麦茶。
で、これを買った。無印良品の保冷ペットボトルホルダー。
500~650mlのペットボトルを、ボトルごとそのまま入れてフタを閉めるだけでペットボトルがぬるくなりにくくなる。結露も起きないし、こまめに洗ったりしなくてもそんなにいい気がする。めちゃくちゃいい。すごい。ニトリや各種アウトドアメーカーからも似たようなのが出てるらしい。
アウトドア用品として紹介されているくらいには保冷効果があるので、自分みたいにデスクワーク(ゲーム)のお供として飲み物を置いているだけの人間にとってはその効果は絶大そのもの。試しに500mlの紅茶やらカフェラテやら色々入れてみたが、一生冷えている。とても幸せな気持ちになれる。
これをきっかけにして、amazonの定期便の内容を2Lペットボトルから小さいものに変えた。2Lのものを解約して、新たに定期おトク便をスタートする、という流れだ。こうしてかなしい麦茶は幸いの麦茶になるはずだ。はずだった。
そして、定期便の初回が昨日届いた。無事受け取ったわけだが、どこか違和感があった。なんだ、と思ったが、アレだ。いつもの配達員さんじゃなくなっているのだ。
あの人には「いつものようにドア横にお願いします」すら要らなかった。なんならあの人最近こちらが何も言わずとも「ドア横に置いておきま~す」と言って帰っていたのに。今日はインターホンが鳴ったので自分は外に出て「ここにお願いします」と頼んだ。それはいい。それは全然、もちろん、初めての人にはお願いするのが筋なのだから全然いい。
俺はあの配達員さんに最後にお礼を言っていない。いや、住所が変わったわけではないのだからそのうち同じ人が来ることもあるのかもしれない。今までも、たまに違う人のことはあったし。ただ、もう二度と来なかったらどうしよう。全然顔も覚えてないし知らないけど、あの人はもう2年くらいは我が家に麦茶を供給し続けてくれていたのだ。我が家はあの人に支えられていた。「あの人」って、「彼」だの「彼女」だのにしようと思ったけど性別も自認も全然わからんのだ。書きようがない。
別にめちゃくちゃ執着するわけでもないけれど、めちゃくちゃ執着するわけでもないけれど伝えそびれた感謝、という概念がかなり寂しい。
去年から行っていないあの美容院の美容師さんも、引っ越し前の家の近くのあの吉野家の店員さんも、すごくお世話になって顔も覚えられているのにお礼の挨拶もしない、というかしないよな、みたいなことが多くて、別にしないならしないでいいんだけど、結構そういうの寂しく思うときがある。
まあ言うても、俺一人は彼らスタッフにとって掃いて捨てるほどいる客のうちの一人であるわけで。よくあることだし、気にしちゃいないだろう。気にしないでいてくれ。けど、ほんと、ありがとうございました。
こういうことがある度に、感謝は日ごと伝えておくものだ、と思う。感謝や賞賛はインスタント呪文だけど、ソーサリー・タイミングで唱えておかないとチャンスを逃すときがある。マナが余ったら唱えておこう。
感謝を唱えられるくらいのマナは残しておこう。やさしい麦茶になるために。
外付けSSDエンクロージャー導入
我が家のドライブ事情
自分用のデスクトップPCは、今使っているものでたぶん3代目になる。
1代目は確か、高校に入学したての時、Minecraftでちゃんと遊べるように買ってもらったもの。スペックとかはあんまり覚えていない。当時はノートPCでマルチサーバーに出入りしていたのだが、そこには良く面倒を見てくれるやり込み勢の友だちが居た。
彼はとても親切に、彼の建てた小麦農場の横の土地を譲ってくれた。しかし、その建築上限いっぱいまでの高さの自慢の小麦自動収穫タワーに近付こうものなら、冗談でもなくFPSが2か3くらいになっていたのだ。めでたくデスクトップPCを手に入れて入った自分は、その時初めて、小麦タワーと自拠点の間にケーキの差し入れをたくさんしてくれていたことに気がついた。なんせ、描画距離を最短にして近付かないようにしていたから。
そんな1代目が起動しなくなった大学3年生の頃、BTOで2代目となるデスクトップPCを買ってもらった。データをサルベージするため、1代目のデータドライブに使用していたHDDをエンクロージャーに詰め、外付けHDDとして刺した。当時のCore-i5にGTX1060を搭載したもので、ゲーム用途ではかなり満足に使えていた。とはいえ、オーケストラの打ち込みなんかはi5では荷が重くストレスだった覚えがある。
Hungry Summonersで書かせてもらった《Hammering Out》は2代目のPCで制作したものだが、あのくらいのトラック数でも重くて、ループ素材のレンダリング後にフリーズを行った際にエラーを吐き、ループトラックは二度とMIDIで編集できない遺跡と化してしまったのを覚えている。
そんな問題を解決すべく、2019年の冬に初めて自分のお金で購入したのが今使っている3代目のフルタワーPC。i9-9900KFにRTX 2060 SUPERと、当時にしてはかなり贅沢にカスタマイズしたと思う。使わなくなった2代目のHDDは、なんだかもったいないのでフルタワー内の余ったベイに串刺しにした。メモリを増設し、GPUを3070にアップグレードし、3年半たった今でも割と問題なく使えている。
……今でも使えている、のはいいのだが、1代目のHDDのエンクロージャーも、2代目のHDDも、あとから買い足したHDDもSSDも、どれもこれも今のPCで元気に稼働している。

つまりこう。もうどれがいつからのドライブなのかさっぱり分からない。いちおう、データドライブの移行が終わるたびに「この使い終わったドライブはいつ飛んでもいいように○○しか入れないようにしよう」と決めているが、その○○の候補が沢山あっていつどれが飛ぶかわからない。怖い。
しかも次にPCを買い替えたとき、自分はこのドライブを全て4代目に持っていくのだろうか。5代目は? 6代目は? ……そのうちHDDが腐ったことにも気づかず刺しっぱなしにして、自分のPCはゾンビに侵蝕されてしまうのではないか。
それは嫌だ
PCがナイトメアダンジョンになると困るので、解決策を模索した結果、自分にとってちょうどいいのは「めちゃくちゃデカい外付けストレージを作ること」だと判断した。
PCを買い替えても刺すだけでいいので、データ移行の面倒さが軽減できる。NASも選択肢にはなったが、ほとんど家にいる自分にはあんまり必要なさそうだった。現在進行中のプロジェクトは大体Dropboxの同期保存をかけているし。高いし。
というわけでTR-004にWD Red Plusでも刺すか、というところまで決定。めんどいので計画出来たら放置、をしていた。
突如訪れたプライムデー
ボーっとしていたら急にプライムデーが来た。なんでもかんでも安くなってるんだしHDDも安くなってるだろ、と思ったらそんなに安くなってない。なんだ、Kindleでも買うか。とKindleだけ買って満足していたが、ふと思い立って見たら4TBSSDが6TBHDDと同じくらい安くなっている。
びっくりしてWD Blue 4TBを4つ買った。
届いた

そしてこう。せっかくだからRAID 5。あんまり深く考えていない。
刺して読むだけでいいと思っていたら、勝手に「記憶域プール」なるものが誕生していてよくわからず手こずった。ラッキープールは好き。
記憶域プールとはなんぞや、ストレージを俺の知っているやり方でフォーマットさせろ、と思いながら色々やっていたらまあできたのはできたが、なんだか回り道っぽかった。Windowsの新機能でそういうものがあって、そのまま設定しててもなんか行けてたっぽい。よくわからんけど。
できた
かくして我が家に約11TBの極大ストレージが誕生したのであった。HドライブやらLドライブやら、そのあたりのいつからあるのか怪しいストレージをまとめて処分しようと思う。気が向いたら。たぶん。

なんか思ったよりは遅くね? こんなもん? まあSATAだしUSB3.1だしこんなもんか。HDDよりは早くなってそうだし良いか。良いや。
初めてできた「自分のPC」っていつだろう、と思ったけれど、そういえば自分の部屋ができて物心がついたころには父のおさがりのWindows 98だか2000が置いてあったな。小学校1年生だか2年生の頃にはHTMLを手打ちしてWEBサイトを作っていた記憶があるから、もはや物心がついた時から自分のPCがあった、ということかもしれない。
AIが発達して、それに特化したUIが成熟したらコンピュータはどうなっているんだろう。QWERTY配列のキーボードやマウスなんてレトロゲーマーしか使わなくなっていたりして。今のアケコンみたいに。
エラーを書いた
開発日記初回と言いつつ、並び替え周りの処理はわりかし出来てきているので、最近は自分でリファクタリングをしつつ、機能実装の抜け漏れがないか確かめているくらいの段階です。
あとは実際に並び替えた結果に基づいてパート譜のPDFを結合・生成する機能を実装するだけですが、結構しんどいから右往左往しております。
今日はそんな現実から目を背けるべく例外処理を書きました。「できなかったら None を返す」系の実装ばかりしがちだったので、この機に。
これでパート譜のリネーム処理を噛ませていないPDFが混じっていても、間違えて空のフォルダを指定してもソフトごと即死しなくなりました。やったね! 今までは即死してました。
いまんとこエラーはprint()で済ませてスルーしているけれど、ログウィンドウみたいなものを作ってもいいかなと思っています。
tkinterでマルチスレッドであれこれするのがまだいまいちピンときてないので、またちょっと考えたい所存。
# 例外の定義
class PdfInfoError(Exception): pass class NoPartsError(Exception): pass class EmptyPdfError(Exception): pass
# 処理
class PdfInfo: __path: str __pages: int __pdf_id: uuid.UUID __print_count: int __name: str __part_code: PartCode def __init__(self, path: str, pages: int, print_count: int = 1): self.__path = path try: self.__name = self.__get_name_from_path(path) self.__part_code = self.__get_part_code(self.__name) except ValueError: raise PdfInfoError self.__pages = pages self.__pdf_id = uuid.uuid4() self.__print_count = print_count """ なんやかんや """ @staticmethod def __get_name_from_path(path) -> str: return os.path.splitext(os.path.basename(path))[0] def __get_part_code(self, name: str) -> PartCode: if not "_" in name: raise ValueError else: code_str = name[: name.find("_")] return PartCode(code_str) def get_part_name(self) -> str: if not "-" in self.__name: raise ValueError else: return self.__name[self.__name.rfind("-") + 1 :] def get_music_name(self) -> str: if not "_" in self.__name: raise ValueError elif not "-" in self.__name: raise ValueError else: return self.__name[self.__name.find("_") + 1 : self.__name.rfind("-")] class PdfInfoFactory: @classmethod def create(cls, directory_path: str) -> list[PdfInfo]: file_paths = cls.__get_file_paths(directory_path) pdf_infos = [] for file_path in file_paths: try: pdf_infos.append(cls.__create_pdf_info(file_path)) except PdfInfoError: print(f"ファイル '{os.path.basename(file_path)}' は有効なパート譜ではありません") continue except EmptyPdfError: print(f"ファイル '{os.path.basename(file_path)}' は空です") continue if not pdf_infos: raise NoPartsError return pdf_infos @staticmethod def __get_file_paths(folder_path: str) -> list[str]: paths = [] for pdf in glob.glob(f"{folder_path}/*.pdf"): os.path.basename(pdf) paths.append(pdf) return paths @classmethod def __create_pdf_info(cls, file_path: str) -> PdfInfo: try: pages = cls.__get_pages_from_file(file_path) pdf = PdfInfo(file_path, pages) except PdfInfoError or EmptyPdfError as error: raise error return pdf @staticmethod def __get_pages_from_file(path: str) -> int: with open(path, "rb") as f: reader = pypdf.PdfReader(f, strict=False) page_amount = len(reader.pages) if not page_amount: raise EmptyPdfError return page_amount
class App: """ なんやかんや """ def on_directory_path_selected(self, path: str) -> None: if path is None: # ダイアログを閉じたり、キャンセルをクリックした場合 return self.__directory_path: str = path try: self.__pdf_infos = PdfInfoFactory.create(self.__directory_path) except NoPartsError: print(f"{self.__directory_path} にはパート譜がありません") return
こんな感じでよいのでしょうか。PdfInfoFactoryクラスはだいぶ昔に書いたので、中身がclassmethodだったりstaticmethodだったりまちまち。
こないだから読んでいる本ではなるべくstaticmethodを使わずにインスタンス変数を用いて書いた方がいいという話だったので、このあたり直してみてもよいのかしら。
まあ動いてるからいっか。
だめか。